近年、メディアやテクノロジーの発展により、「製造小売業の民主化」と呼ばれるDirect to Consumer(以下D2C)のビジネスモデルが広く普及しました。その結果、中小規模の事業者を含め、多くの企業が消費者と直接つながる直販ビジネスに参入できるようになっています。
直販ビジネスでは、新規顧客を獲得する「アクイジションサイド」と、既存顧客を維持する「リテンションサイド」の両方が大切です。しかし、大企業や専門の直販事業者がマス広告を利用して多額の費用を集客に投入できる一方、中小の事業者は費用面での制約が大きく、苦戦を強いられるケースも少なくありません。
そこで、多くの中小事業者は「お試し価格」や「初回特別価格」といった特典で新規顧客を呼び込み、その後のアプローチで本商品の購入へつなげる手法を活用しています。これがいわゆる「2ステッププロモーション」、正式には「2ステップマーケティング」と呼ばれる手法です。
一見、誰でも簡単に実施できそうな方法に思えますが、実際に取り組んでみると、様々な課題や壁に直面するマーケターも少なくありません。
今回のコラムでは、この2ステップマーケティングとは何か、その基本や本質、メリット・デメリットを整理しながら、実際に導入する際の具体的なポイントやコツについて詳しく解説していきます。
D2C事業者が新規顧客の集客に苦戦しているという実態は、「顧客生涯価値を形成するマーケティング実践と事業モデル」という論文内の「D2C事業における共通認識」からも明らかです。
同論文では、D2C事業者が直面する課題(調査内では「命題」と表記)について調査が行われました。その中で、アクイジションサイドに関する「新規獲得効率」に対する設問では、「非常にそう思う」と答えた事業者が75%、肯定的な回答(「そう思う」「非常にそう思う」の合計)は100%に達しました。これは、ほぼすべてのD2C事業者が新規顧客の獲得効率に課題を抱えていることを示しています。
一方で、リテンションサイドの項目である「F2転換率」「初回損失」「脱落率漸減」について「非常にそう思う」と回答した割合は、それぞれ53%、44%、19%と低く、新規獲得に比べて課題意識がやや弱いことが読み取れます。
(出典:「顧客生涯価値を形成するマーケティング実践と事業モデル」Direct Marketing Review vol.22 / 日本ダイレクトマーケティング学会(2023年3月))
(図1:D2C事業における共通認識よりフュージョン株式会社作成)
この結果からも、D2C事業者は既存顧客の維持(リテンション)よりも、新規顧客の獲得(アクイジション)に対して強い課題意識を持っており、実際に苦戦している現状がうかがえます。
アクイジションサイドの課題を解決する手法の一つとして注目されているのが、「2ステップマーケティング」です。
ただし、この手法はしばしば「安価な特典で集客し、その後に本商品へ誘導する」――いわゆる直販手法のひとつとして誤解されがちです。しかし、2ステップマーケティングの本質はそこではありません。
その本質を理解するために、まずは一般的なマーケティング施策を振り返ってみましょう。
従来の多くの施策では、企業が1回のアプローチで消費者の態度や行動を一気に変え、購入や申込といったゴールへ導く設計が主流です。たとえば、日用品の広告を見てすぐに購入する、といった行動がその典型です。
しかし、商材の特性や消費者側の事情によっては、1回の接点だけで購買まで至るのが難しい場合も多くあります。そこで有効なのが、複数回に分けてアプローチを行い、消費者の心理的ハードルを少しずつ下げながら、最終的にゴールへと導くという考え方です。これこそが2ステップマーケティングの本質です。
つまり、「安価な特典の提供」はその最初の一歩であり、消費者の行動や態度を変化させるための数あるアプローチのひとつにすぎません。
この本質を理解すれば、2ステップマーケティングはD2Cなどの製造小売業にとどまらず、日用品や耐久財、さらにはB2Bビジネスにも応用可能な汎用性の高い考え方であることがわかります。たとえば、アパレル業界での「試着→購入」や、B2B領域での「トライアル申込→本契約」なども、立派な2ステップマーケティングの一例です。
ここでは、2ステップマーケティングの有効性を「消費者心理」の観点から見ていきましょう。
一般的に、消費者が自分にとって重要な決断をする際には、いきなり結論を出すのではなく、段階を踏みながら少しずつ感情や行動を変化させていく傾向があります。つまり、商材に慣れながら決断に至る「準備期間」が必要なのです。
この“慣れるまでの期間”をうまく活用するのが2ステップマーケティングの強みです。消費者に本格的な購入を促す前に、まずは企業やブランドへの信頼感や親近感を醸成し、自然に次のステップへと移行できる関係性を築くことができます。
2ステップのうち、前段階は「購入への準備期間」としての役割を担い、ここでのアプローチを通じて消費者の心理的なハードルを下げていきます。感情的なつながりや安心感が強まったタイミングで、次のステップ=本商品の提案を行うことで、より高いコンバージョンが期待できるのです。
このように、1ステップと2ステップのアプローチでは、企業と消費者の関係の築き方に大きな違いがあります。
1ステップマーケティングは「その場限りの取引志向」に重きを置いた短期的な施策であるのに対し、2ステップマーケティングは「継続的な関係構築」を前提とした長期的なアプローチです。
これは、CRM(顧客関係マネジメント)の第一歩となる取り組みそのものとも言えるでしょう。消費者との関係性を一方的な販売活動で終わらせず、段階を踏みながら信頼と理解を深めていくことで、より良好で持続可能な関係性を築いていく――。2ステップマーケティングは、CRMを実践するための入り口として非常に有効な手法なのです。
ここでは、2ステップマーケティングを導入する前に知っておきたい、主なメリットとデメリットを整理しておきましょう。
【メリット】
【デメリット】
ひと言でまとめるなら、「1ステップに比べて見込み顧客の獲得はしやすいが、その後の育成・本商品への転換には工夫が必要」というイメージです。
とはいえ、2ステップマーケティング最大の強みは、潜在ニーズを持つ層にまでアプローチできることです。
1ステップマーケティングでは、すでにニーズが顕在化している消費者しか反応しづらいのに対し、2ステップでは、まだニーズに気づいていない層にも“入り口”を設けることができます。これは、アプローチを「0.5+0.5」に分割しているからこそ実現できる戦略です。最初の接点のハードルが低いため、より多くの消費者に興味を持ってもらえるのです。
特にD2C事業者が2ステップマーケティングを活用する理由は、「見込み客のリストを獲得し、継続的に育てる」ためだと言ってよいでしょう。
最後に、2ステップマーケティングに適した商材の特徴を見ておきましょう。
以下のような商材は、特に2ステップ型のアプローチが有効です。
これらに共通しているのは、「使ってみないと良さがわからない」ことです。
特に①と③はその傾向が強く、まずは低リスクで試してもらう仕組みが重要です。②のような高単価商材においても、購入までの心理的なハードルが高くなりがちなため、壁を取り除き、段階的に関心と信頼を育てる2ステップの考え方が効果を発揮します。
2ステップマーケティングを導入する際は、まずその本質やメリット・デメリット、適した商材をしっかり理解することが大前提です。その上で、各ステップがどのように連動し、消費者の行動や心理に働きかけられるかを見据えて、仮説(ペルソナやカスタマージャーニー)を立てながら施策を設計していく必要があります。
実際の運用フェーズでは、
といった課題がよく見られます。
さらに重要なのは、本商品の購入で終わらせるのではなく、その後のロイヤル化までを見据えて、段階的かつ一貫性のある施策を設計することです。ですが実際には、新規獲得部門と既存顧客対応部門が分かれており、一貫したストーリー設計ができていないケースも多く見受けられます。フュージョンでは、CRM戦略設計を効果的に行うためのお役立ち資料を公開しています。貴社での取り組みにご活用ください。
フュージョン株式会社では、30年以上にわたりさまざまな業界でCRM(顧客関係マネジメント)の戦略策定から具体的な施策の企画・実行までをワンストップで支援してきました。
当社のサービスでは、2ステップマーケティングの設計において、以下のような支援が可能です。
「新規顧客の獲得からロイヤル化まで、一貫した流れをつくりたい」
「2ステップマーケティングを見直したい」
「何から始めればよいかわからない」
といった課題をお持ちの方は、ぜひ一度ご相談ください。