人事ブログ

機能としてのリーダー - 選挙とブラックフット族から考える。
2013年07月22日
こんにちは。
パラシュートグループの沖津です。
 
「選挙」というリーダーを選ぶシステムについて考えていた時に、ふと以前に読んだブラックフット族というネイティブ・アメリカンの組織運営について思い出しました。
 
ブラックフット族には、族長のような全体を統べる権力を持ったリーダーは存在しておらず、必要な機能ごとに異なるリーダーを決める習慣を持っていたとのことです。
 
他の部族との戦闘が起こる時にはそのためのリーダー。
家畜の飼育についてはそのためのリーダー。
祭祀の中心としてそのためのリーダー。
このように、何らかの仕事を果たすためにそれについて最も相応しいリーダーを合議によって決めていたようです。
 
単に役割分担が機能していただけであれば、特に注目する話でもないのですが、ブラックフット族においては、「一定の目的のために、その時限りで、必要な範囲において」付与された権限以外には、誰一人いかなる権限も持っていなかったということです。
目的以外のことで、誰かが他人に命令することも有り得ず、上下関係も存在していなかったのです。
 
言い換えれば、彼らの社会には、「権限」は存在するけれど、「権威」や「権力」は存在しなかったのです。
 
 
リーダーやマネージャー、例えば、国会議員という立場も「機能」であるにも関わらず、現実はいつの間にか権威を帯び、権力を持ち、目的を果たすための機能であるとはシンプルに捉えられなくなります。
 
「一定の目的のために、その時限りで、必要な範囲において付与された」という意識をリーダーである当人が持ち続けることは難しく、また周囲もそう認識することがなくなっていきます。
 
「機能的リーダーシップ」を文字通り機能させるには、構成員全体が極めて理性的で、合目的的である必要があり、これは容易なことではありません。
 
過剰な権威やヒエラルキーから自由であり続ける組織は、腐敗とは無縁だと思います。
全員がリーダーシップとフォロワーシップの意味を考え続けなければ、盲従的になってしまうものなのかもしれません。
 
 
選挙特番をぼんやり見ながら、そんなことを考えていました。
採用担当_沖津
2013年07月22日 |