人事ブログ

重要になる「コミュニティ・マネージャー」という仕事。
2016年04月21日

こんにちは。
フュージョンの沖津です。


アメリカでは数年前から注目されていた職種なのですが、日本でも「コミュニティ・マネージャー」という仕事を目にすることが増えてきたように思います。(創業期から募集するスタートアップも出てきました。)


コミュニティ・マネージャーと聞いて明確に仕事をイメージできる人も多くないかもしれませんが、その名の通り、「コミュニティ(共同体や場)」を「マネージ」する仕事ですから、その業務領域は非常に曖昧かつ広いものです。


日本では、ソーシャル、オンラインで企業のコミュニティ=ファンを作り、評判をよくしていく従来的な意味での「広報」的な仕事として捉えている企業が多いようです。


発祥のアメリカでは、もう少し広い意味で、マーケティング目的のコミュニティ作りだけではなく、人材採用目的のコミュニティ作り、更には社外のコミュニティだけではなく、会社の中のコミュニティまで含めて、会社の関わる全てのコミュニティをよくしていくための広い業務領域と責任を与えられていることが多いようです。


採用やって、マーケやって、広報やって、ソーシャルの運用やって、社内の雰囲気作りやって・・。なるほど、自分のやっている仕事に近いなぁと納得しました。これらの領域はどんどん重なり垣根がなくなっているので、当然かもしれません。


この新しい仕事のため、社内に配置しようと思っても経験者採用というのが難しく、おそらく経験的なものより、人の資質として必要なことがあるように思います。

それは、コミュニティ(社内外)に関わる人たちに対する「強烈な興味と愛情」だと思います。


よいコミュニティ・マネージャーがいるかどうかが、大きく会社の業績の差になる時代がやってくるのかもしれませんね。

採用担当_沖津
2016年04月21日 | 
職場における自己開示について
2016年04月08日

こんにちは。
フュージョンの沖津です。

先日、「自己開示しなきゃいけないものでしょうか?」という質問を受けました。


僕にとって自己開示することのメリットや喜びは自明のことであったので、驚きと同時に、少し考え込んでしまいました。
多くのことがそうであるように、本人がそうした希望や欲求を持っていない段階において、自己開示の必要性を理解してもらうことは簡単ではないからです。
自己開示には、恐怖、そして時にリスクもつきまとうものだということもわかるからです。


特に日本では、「自分」というものはできるだけ押し殺して、集団の価値観を受け入れることが美徳とされてきた文化もあるのかもしれません。


知的生産性というビジネスの視点で言えば、最も生産性が高いのは、「心理的安全性」がメンバーに実感されている状態、つまり、「どんなことを言っても大丈夫」「どんな自分も受け入れられる」という状態である、と多くの研究が示しています。


とはいえ、「生産性のために自己開示をした方がいい」なんていう功利的な理屈は、自己開示の欲求を感じていない人には通用しないでしょう。


自分を出すというシンプルな喜びや、深い信頼関係を実感できる時の心地よさ、そうした精神的満足感を段階的に感じていくことが、本人が自己開示を求めていくステップなのかもしれません。


仕事だから、会社だから、と仮面をかぶりながら過ごすのではなく、「本来の自分」でいられる職場でありたいと強く思います。

知的生産性もさることながら、仕事の時間に仮面を被って生きねばならないとすれば、それはあまり幸せな人生とは言えないでしょうから。

採用担当_沖津
2016年04月08日 | 
  • 1