CRMやロイヤルティプログラムにおいて顧客との関係を築き、強化するために重要な取組のひとつにインセンティブ(incentive)があります。
インセンティブの語源はラテン語で「励ます」という意味で、そこから派生した英語では「何かの行動を起こさせることを目的とした刺激や動機、誘因」という意味を持っています。ビジネスの世界において、インセンティブという単語は一般的に使用され、マーケティングでも使用されています。
そんなインセンティブは多くの企業で顧客向けに提供していますが、実際に提供されているインセンティブを調べてみると、しっかりした戦略のもとで体系的に提供している企業がある一方で、悪い言い方をすれば行き当たりばったりでお世辞にも戦略的な使い型ではない企業がみられるのも事実です。企業にとってインセンティブを開発、提供することは当然費用が発生します。そのため顧客のメリットだけではなく、自社にもメリットをもたらす必要があるため、様々なインセンティブを組み合わせ、何を提供することが最適解なのかを判断する必要があります。
そこで今回のコラムでは顧客との関係性を構築する上で重要なインセンティブについて解説します。
目次
1.インセンティブをオファーとリワードに分けて理解する
2.オファーとリワードの違いは様々
3.クリエイティブ面やオペレーション面も異なる
4.オファー、リワード提供時のチャネルの最適化がポイント
5.顧客ライフサイクル別活用例
6.インセンティブを提供する上での留意点
7.最後に
インセンティブは顧客の行動に変化を与え、さらに関係性を深めるための中核的な施策です。そこで、まずはインセンティブ開発のために押さえておくべき考え方を説明します。
インセンティブを考える時には「オファー(Offer)」と「リワード(Reward)」の役割の違いを正しく理解することが重要です。この2つは日本語では「特典」とひとくくりにしてしまい、混同されて使用されることもありますが、その目的、適用場面などには明確な違いがあります。
最初にオファーとリワードの両者の違いを解説します。
まずオファーですが、オファーとは顧客に特定の行動(購買・登録・来店など)を促すためにその行動の前に提示するもので、顧客に対し「今、行動すればこれが得られる」という価値提案を伴い、主に短期的な行動喚起を目的とします。
以下がオファーの代表例です。
オファーの本質は顧客の「行動のトリガー」を引くこと、顧客が購買行動に移るとき持っている、感じている心理的なハードルを下げることで購入を促進します。
一方でリワードは、顧客が行動を起こした後に付与されるもので、「行動してくれたことへの感謝と還元」という意味合いを持ち、顧客のロイヤルティを高め、継続的な関係を維持することが主目的です。
リワードの代表例としては
などがあり、リワードの本質は顧客の「継続購入のモチベーション」の維持であり、顧客が将来も同一ブランドを選択し続けるための動機付けを行い続けます。
以下の表で、オファーとリワードの違いを整理しています。
オファーとリワードのとらえ方の違いを理解した上で、さらなる違いを説明します。
オファーは顧客が持っている「損失回避」の心理を利用します。「今購入しなければ割引を失う」という感覚が行動を後押しします。この心理は顧客の短期的な意思決定に強く働きかけます。
一方でリワードは「進捗効果」と「投資心理」を活用します。例えばポイントが貯まるほど「もっと使いたい」という気持ちが強まり、またここまで貯めたポイントを無駄にしたくないという「サンクコスト効果」も長期的な意思決定に貢献します。
オファーは顧客の経済ロイヤルティを刺激する施策が比較的多いため、過度に多用すると、顧客はオファーがないと購入しなくなる「値引き依存」に陥るリスクがあります。また、常に安値で提供することでブランドの高級感や価値が損なわれる恐れもあります。
リワードは経済ロイヤルティだけではなく心理ロイヤルティを醸成することによってブランドと顧客の間に長期的な絆を作りますが、設計やバランスが不適切だとリワードのみを目的とした低価値顧客を引き寄せる可能性もあります。
そのため、オファー、リワードともに企業が顧客ロイヤルティの強化したい部分に直接影響を与えるように設計することが重要です。
マーケティングファネルの様々な段階においてオファーとリワードではその用途と提供体験が異なります。
オファーの主な用途は、新規顧客の獲得や休眠顧客の呼び戻し、在庫・売上の最適化など、顧客の行動を促すための“きっかけ作り”です。一方、リワードの主な用途は、継続利用の促進やロイヤルティの向上、顧客理解の深化など、顧客との長期的な関係構築を支えることです。
このように用途や提供シーンでも提供価値が異なるため、どのようなシーンでどちらの体験を提供するべきかを正しく判断する必要があります。各シーンにおける提供価値を間違うと単に効果が出ないだけでなく、顧客心理に対してマイナスの影響を与える可能性があります。
マーケティング施策におけるオファーの設計を見直し、今後の施策につなげたい方は、こちらの資料をご参考ください。
ここまでは企画・プランニング時に注意すべきオファーとリワードの違いをお話してきましたが、この2つはクリエイティブやオペレーションに関しても特徴的な違いがあります。
まずクリエイティブに関してですが、オファーに関しては以下の点を押さえて開発を行う必要があります。
オファーの効果を高めるためには、「残り○時間」「先着○名様」といった緊急性・希少性を訴求するコピーが重要です。これにより行動を先延ばしにする心理(先延ばしバイアス)を克服させます。
割引率・オファー形式・クリエイティブ・送信タイミングなど複数の変数をテストし、転換率を最大化します。デジタルチャネルでは比較的容易にテストが実施できる点が強みです。
現代のCRMでは、顧客の購買履歴・閲覧行動・属性情報を活用して、個人に最適化されたオファーを自動配信することが標準となっています。例えば、カート放棄後数時間以内に割引クーポンをメール送信するシナリオは代表的な自動化施策です。
一方、リワードに関して押さえるべきポイントは、
●心理ロイヤルティに刺さるリワードの活用
誕生日の特別メッセージ、購買記念の感謝ノート、コミュニティへの招待など、経済的価値以外の心理的な報酬も効果的です。顧客は企業やブランドから「記念されている」「大切にされている」「愛されている」と感じることで、ブランドへの愛着を深めます。
●階層型(ティア)組織の設計
ゴールド・プラチナ・ダイヤモンドのように複数の会員ランクを設けることで、上位ランクへの「昇格欲求」を喚起します。上位会員には専用サポートや優先サービスなど、経済ロイヤリティに加え心理ロイヤルティ、特にそのランクでしか体験できない特別な価値を提供することによってブランドロイヤルティを高め、維持することができます。
●即時付与とポスト付与の使い分け
リワードを購買時に即時付与することで顧客の「達成感」「満足感」を演出する方法と、一定期間後に付与することで次回の来訪を促す方法があります。前者はエンゲージメントの向上、後者はリテンションの強化に有効です。
インセンティブの提供チャネルについても触れます。単にオファーとリワードでは提供するチャネルが異なるという話ではなく、今まで解説してきたような2つの違いを正しく理解し最適なチャネル設計を行う必要があります。
以下に主要なチャネルごとに主な用途とオファー、リワードに適した施策の例を整理しています。
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チャネル |
主な用途 |
オファー施策例 |
リワード施策例 |
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メール・DM |
パーソナライズ配信、休眠顧客の復帰 |
割引クーポン送付、限定セール案内 |
ポイント残高通知、特典到達通知 |
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アプリ・プッシュ通知 |
リアルタイム行動喚起、セグメント配信 |
タイムセール通知、位置情報連動オファー |
ポイント付与通知、ランク昇格お知らせ |
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ECサイト上 |
購買前後のUX強化 |
カート放棄時クーポン、バンドルオファー |
購買後ポイント確認、次回特典表示 |
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店舗・POS連携 |
リアル接点でのデジタル施策連動 |
来店クーポン提示、会員証スキャン特典 |
購買時ポイント即時付与、スタンプ押印 |
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SNS・デジタル広告 |
新規顧客獲得、バイラル拡散 |
初回購入割引、紹介プログラム |
シェアでポイント、SNS連動バッジ |
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コールセンター |
解約防止、VIP対応 |
特別割引提示、アップセルオファー |
VIPボーナス付与、誕生日特典案内 |
ここまででオファーとリワードの様々な違いを説明してきましたが、これらの違いを理解したうえで適切なターゲットに適切なタイミングで適切なメッセージを共に届けることが重要です。これらを包含した形で全体を俯瞰して設計するのがいわゆるインセンティブ戦略です。
オファーとリワードはどちらが優れている、どちらかの一方だけの提供で良いというものではありません。自社の商品・サービスと顧客のライフサイクルのステージやシーンに応じて使い分ける、もしく連携させることでより効果的になります。
オファーとリワードは、顧客ライフサイクルの各段階で異なる役割を果たします。オファーは新規獲得や休眠顧客の呼び戻しなど顧客行動の喚起に効果を発揮し、リワードは継続利用やロイヤルティ向上を通じて顧客との関係を深めます。両者を組み合わせることで、獲得から定着、さらには利用拡大までを一貫して戦略設計をすることができます。
オファーとリワードは、相互で補完的に機能させることで最大の効果を発揮します。以下に効果的な組み合わせのパターン例を示します。
パターン①:入口はオファー、継続はリワード:初回購入はクーポンで獲得し、2回目以降はポイントプログラムで定着させる
パターン②:リワードをオファー化:「今月中に購入するとダブルポイント」として、リワードをオファー的に機能させる
パターン③:オファーとリワードの同時設計:購入時に「割引+ポイント付与」を同時提供し、即時価値と将来価値の両方を訴求する
パターン④:ティアアップオファー:「あと○○円でゴールド会員に昇格」という形でリワードの進捗をオファーとして活用
特にサブスクリプションサービスやECにおいては、この組み合わせ設計がLTV(顧客生涯価値)の最大化に直結します。
最後にインセンティブを提供する時の留意点をまとめます。
オファー開発の留意点
リワード開発の留意点
これらの点に注意しながらインセンティブ戦略を立案し、さらにオファー開発、リワード開発を行うことが重要です。
顧客に最も効果的なインセンティブとは、オファーとリワードという異なる2つを顧客ライフサイクルに応じて組み合わせ最適化し提供することです。新規顧客獲得には顧客別に刺さるオファーを提供し購買につなげ、その後のリワードの提供で顧客ロイヤリティを維持することで、顧客との長期的な関係を構築することが現代のCRMの理想形といえます。
今後はAIを活用した個別最適化がさらに進み、顧客一人ひとりのタイミングで文脈に応じたオファーとリワードのリアルタイム提供が標準となることが予想されます。組織としてこの進化に対応できる体制を整えることが競争優位の源泉になることは言うまでもありません。
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