「MOps」という言葉は、いまやマーケティングの世界で日常的に使われるようになりました。
しかし、日本企業の中には、MOpsを単にMarketing Operationsの略称として捉え、「マーケティングの実務担当者」や「マーケティングツールの管理者」を指す組織だと理解しているケースもあります。そのため、「すでに組織化している」「外部パートナーに委託しているので、新たにMOpsは必要ない」と考える企業も少なくありません。こうした認識の違いは、MOpsという概念の解釈や理解がまだ十分に共有されていないことも一因でしょう。
一方で、MOpsは現在のマーケティング組織にとって、さらに言えば全社的に見ても重要な機能になりつつあります。MOpsがなぜ企業にとって重要なのかについては、以下のコラムで詳しく解説しています。
また、企業がMOpsへの移行を検討する際のポイントについては、以下のコラムで解説しています。併せてご覧ください。
自社でMOpsをどのように位置づけるかを検討する際には、現在の組織がどのような状態にあるのか、自社が目指すべきMOpsとはどのような組織・機能なのかを整理することが重要です。
現在語られているMOpsが一つの成熟した姿だとすれば、そこに至るまでの変遷をたどることで、MOpsがどのように進化してきたのかを理解できます。
現在のMOpsが専門領域として形を取り始めたのは、2000年代半ばです。MOpsは最初から「マーケティングの戦略部門」として組織化されたわけではありません。当時のマーケティング部門が抱えていた、マーケティング活動をより効率的・測定可能にし、再現性のある仕組みとして運営するという課題への対応が、その背景にありました。*1 *2
その後20年以上にわたり、MOpsはさまざまな変遷を経て、データ、プロセス、テクノロジー、組織、人材、さらにはAIまでをつなぐ、ビジネスの中核を担う存在へと変化しつつあります。
そこで本コラムでは、MOpsの歴史と変遷をたどりながら、マーケティングの現場がどのような課題に直面し、その解決策を模索する中でMOpsという機能を進化させてきたのかを解説します。時代とともに変化してきたMOpsの本質を理解し、自社の現在地と将来像を考えるきっかけとしていただければ幸いです。
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【目次】 |
2000年代半ばは、MOpsが専門領域として可視化され始めた時期です。
当時、アメリカの調査会社International Data Corporation(IDC)は、Tech Marketing Benchmarksの調査でMarketing Operations機能の台頭に言及していたとされています。確認できる公開情報では年を特定しにくいため、ここでは2000年代半ばの動きとして捉えます。*1
2005年8月には、Gary KatzがアメリカのマーケティングメディアMarketingProfsに「Marketing Operations: Solving Marketing’s Seven Deadly Sins」*2を発表しました。KatzはMarketing Operationsを、マーケティング戦略を「メトリクス、インフラ、ビジネスプロセス、ベストプラクティス、予算、レポーティング」などで支える基盤として位置づけています。当時のマーケティング部門では、施策を企画するだけでなく、実行・測定・再現までを横断して設計する機能の必要性が意識され始めていました。
などを考える機能は、まだ十分に整備されていませんでした。
この意味で、誕生したばかりのMOpsは、「マーケティングを職人芸から、経営管理可能な機能へ変える」という課題を解決するために生まれた組織・機能と捉えることができます。
2006年には、IT系企業のマーケティング実務者を中心にMarketing Operations Cross-Company Alliance(MOCCA)が設立され、Marketing Operationsに携わる人々が企業の壁を越えて知見を共有するコミュニティが生まれました。*1
さらに2007年には、Adrian C. OttがMarketing Operationsを説明する「5Ts」というフレームワークを提示しました。*3
ここで示された5Tsは、
という5つの要素でMarketing Operationsを整理するものです。同時期にはMarketing Operationsの成熟度を測るベンチマークも登場し、2008年にはUniversity of California, Santa Cruz(UCSC)Extensionで大学レベルのMarketing Operations講座が開講されたとされています。*1
この時点でMOpsは、専門知識を持つ一つの職能・専門領域として認識され始めました。
MOpsは、マーケティングテクノロジーの普及が進んだ2010年代に入り、役割を広げていきました。ツールやデータ活用の選択肢が増える一方で、導入したテクノロジーをどのようなプロセスで運用し、成果測定につなげるかという課題も大きくなりました。2010年代には、MOpsがマーケティングテクノロジーだけでなく、プロセスやデータ、計画・予算まで扱う役割へ広がっていったことがForresterの解説でも示されています。*4
むしろ使用するツールが増えるほど、「誰が設定するのか」「データをどう連携するのか」「どのデータを正とするのか」「誰が運用ルールを決めるのか」「営業とどのタイミングで連携するのか」といった問題が表面化しました。
そこで、従来の設定業務やレポーティング、業務管理などに加え、マーケティングテクノロジーの設計・導入・運用への対応もMOpsの業務領域に含まれるようになりました。
2010年代半ばには、ForresterがMarketing Operationsの主な役割として、マーケティングの計画・予算、マーケティングテクノロジーとプロセスの管理、マーケティングデータの管理などを挙げています。MOpsは単なるツール管理ではなく、マーケティングを支える複数の基盤を横断して扱う機能へと広がっていました。*4
このころのMOpsには、従来の業務領域に加えて、マーケティング部門におけるIT担当としての役割も加わったと言えるでしょう。
2010年代後半になると、MOpsの役割はさらに高度化しました。
2010年代前半から続くマーケティングテクノロジーの普及により、マーケティング部門には大量のデータと、それを支えるさまざまなマーケティングプラットフォームが存在するようになりました。
こうした環境の変化が、MOpsをデータ、プロセス、計測を横断してハンドリングする組織へと変えていきました。
2018年にMarTechで紹介された「Marketing Operations 2.0」では、MOpsは単にキャンペーンを実行したりツールを操作したりする役割ではなく、リーダーシップ、ビジョン、部門横断の価値創出、業務変革を担う戦略的な機能として論じられました。*5
それまでのMOpsが「マーケターが仕事をするための環境を整える人」だとすれば、この時期には「マーケティング組織そのものが、効率的かつ再現可能に動く仕組みを設計する人」へと役割が広がりました。これは、MOpsにとって大きな転換点と言えます。
2020年代に入ると、MOpsの役割はさらに広がりました。
2020年代には、MOpsはマーケティング活動を支援するだけでなく、以下のような領域を横断して担う機能として説明されるようになっています。MarTechの2024年の解説では、マーケティング活動の支援、人材育成、予算管理、マーケティングソフトウェアの選定・実装・管理、マーケティングスタックの設計、データ活用などがMOpsの責任領域として挙げられています。*6
など、マーケティング活動を包括的に支える機能として説明されるようになりました。
現在のMOpsに求められているのは、マーケティング戦略を組織が実行できるプロセスへ変換し、その活動をデータとして計測し、結果を次の意思決定へ戻すことです。
つまり、戦略 → プロセス → テクノロジー → データ → 実行 → 測定 → 改善という、マーケティングのPDCAサイクルそのものを設計する役割が求められています。
一方、日本では2020年代に入ってMOpsへの認知が広がっています。株式会社パワー・インタラクティブが2022年11月に、年商50億円以上の企業に勤務するマーケティング責任者300名を対象として実施した調査では、MOpsの認知は73%だった一方、「社内に業務を担う体制や組織がある」と回答した企業は9%でした。認知と組織実装の間には、当時大きなギャップがあったことがうかがえます。*7
そして現在、MOpsは再び大きな転換点を迎えています。
その背景の一つに、生成AIやAIエージェントの普及があります。MOpsにAIを組み込む際には、単なるツール導入ではなく、人・プロセス・データ・プラットフォームを含めた運用設計が重要だと指摘されています。*8
これまでMOpsが大量に担ってきた業務には、
これらには、一定のルールに従って処理できる業務が少なくありません。AIによって自動化・支援できる領域が広がる一方、AIエージェントを業務に組み込む場合には、従来の手作業中心の運用から、エージェントのオーケストレーションやシステム監督、ガバナンスへMOpsの役割を広げる必要性も指摘されています。*9
また近年は、MOpsを単なるツール管理ではなく、人・プロセス・テクノロジー・データを統合し、マーケティング戦略を実行可能にする「アーキテクチャ」や運用基盤として捉える説明も見られます。*10
つまりAI時代のMOpsには、ツールを操作するだけでなく、「人・AI・システムが適切に連携して動ける仕組みを設計し、継続的に改善する機能」へ役割を広げていくことが求められると考えられます。
(年代別Mops役割・キーワードまとめ)
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時代 |
MOpsの主な役割 |
キーワード |
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2000年代前半 |
マーケティング業務の管理・標準化 |
プロセス、KPI、予算 |
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2000年代後半 |
独立した専門職能として確立 |
Marketing Operations |
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2010年代前半 |
MarTechの導入・運用 |
MA、CRM、データ |
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2010年代後半 |
マーケティング基盤の設計 |
Tech Stack、Data、Process |
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2020年代前半 |
部門横断の戦略的オペレーション |
GTM、RevOps、Governance |
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2025~現在 |
AIを含む意思決定・業務システムの設計 |
AI、Automation、Orchestration |
MOpsの歴史を振り返ると、その役割は「人材」「オペレーション」「ツール」だけでは説明できません。2000年代半ば、MOpsが向き合っていたのは、マーケティングをより効率的で測定可能なものにし、成果を再現できる仕組みへ変えていくという課題でした。その後、マーケティングテクノロジーの普及に伴い、MOpsにはテクノロジー領域の役割が加わりました。さらに、扱うデータが増え、マーケティングと営業の連携が重要になるにつれて、MOpsはデータ・プロセス・組織を横断する存在へと変化していきました。そしてAIの時代を迎えた今、MOpsの役割は再び変わろうとしています。
この変遷から見えてくるMOpsの本質は、「マーケティングを運用すること」ではなく、「マーケティングが継続的に成果を生み出せる構造をつくること」にあるのではないでしょうか。MOpsを単なる「MAツールの担当者」と捉えてしまうと、その本質を見誤ります。MOpsが管理するのはツールだけではなく、マーケティングの仕組みそのものです。マーケティング戦略を実行可能なプロセスに落とし込み、データで測定し、テクノロジーで拡張し、結果を再び戦略へ戻す。その循環そのものを設計し、最適化することがMOpsの役割です。
MOpsという言葉が生まれて約20年。MOpsの役割は、マーケティングの「裏方」から、事業成長を支える仕組みの「設計者」へと変化してきました。MOpsの歴史を理解することは、マーケティングが属人的な活動から、データとテクノロジーを活用して継続的に改善する仕組みへと変化してきたプロセスを理解することでもあります。それは、自社の現在地と、今後目指すべき姿を考える手がかりになります。
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